2014年7月号 | 創明館便り

『3人のきょうだいが、ひとつ家に住んでいる。
ほんとはまるで姿がちがうのに、3人を見分けようとすると、それぞれがたがいにうりふたつ。
1番うえはいまいない、これからやっとあらわれる。
2ばんめもいないが、こっちはもう出かけたあと。
3ばんめのちびさんだけがここにいる、
それというのも、3ばんめがここにいないと、 あとの2人は、なくなってしまうから。
でもそのだいじな3ばんめがいられるのは、1ばんめが2ばんめのきょうだいに変身してくれるため。
おまえが3ばんめをよくながめようとしても、見えるのはいつもほかのきょうだいのひとりだけ!
さあ、いってごらん、3人はほんとは1人かな?
それとも2人?それとも、だれもいない?
さあ、それぞれの名前をあてられるかな?』  

これは、『モモ(ミヒャエル・エンデ作)』の中の一節で、
主人公のモモが、時間の国の主人から出された難しいなぞなぞです。
モモはこのなぞなぞを見事解くことができます。
3人の兄弟が「過去・今・未来」であると、モモは謎解きます。
1番上が「未来」、2番目が「過去」、そして3番目が「今」として、
なぞなぞに当てはめると、なぞなぞの意味がよくわかってきます。
時間の国の主人はモモにさらにこの3人の支配者を考えさせます。
そしてモモはその支配者が「時間」であることに気づきます。

「時間」って何なんでしょう?
見ることはできません。
確かに存在しているけれど決して見ることも、触れることもできません。
そういう点では「心」と似ています。
でも確かに言える明らかな「心」との違いは、「時間」は「常に過ぎ去っていくもの」という事です。
目に見えないものが常に過ぎ去っているのです。

138億年前の「ビッグ・バーン」が「宇宙の始まり」といわれてます。
その宇宙が生まれた瞬間から宇宙の膨張が始まり、その瞬間が「時間」の始まりです。
膨張し続ける宇宙にあわせて、宇宙そのものの性質でもある「時間」は過ぎ去り続けるのです。
宇宙の中で宇宙の産物として存在する「人間」が宇宙の性質を変えることはできません。
過ぎ去っていく「時間」を止めることも、過去にもどることもできません。
自分自身の未来に行くこともできません。

こんなことは、誰しもがよくわかっていることです。
過去にもどれないから、「後悔」という心も生まれるし、
未来を想像できるから「夢」を描くことができるのですから。

 
モモは見事に、時間泥棒との戦いに勝利します。
そして、人々に「心豊かな生活」を取り戻させることができます。

「心豊かな時間」とは何なのでしょう?
「忙しい」という言葉は「心を亡くす」と書きます。
「心を亡くした状態が忙しい」という事であれば、忙しさの反対が心豊かな時間という事なのでしょうか。

「ライン」のもたらす弊害が、大人たちより、より大きく子供たちにのしかかっているようです。
時間泥棒に大切な時間を奪われないように」と、思います。

創明館便り
この記事を書いた人
創明館 吉田

塾代表 吉田聡彦 : 練馬区高松(光が丘・夏の雲公園前)にある小学生・中学生・高校生向けのグループ/個人の学習塾を運営しています。
塾運営での想い、感じたこと、発信したいことなどを更新しています。

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