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数学コーチャー提出論文

数学コーチャーの想定内と想定外 | 数学コーチャー提出論文

提出日 平成24年5月15日
住 所  東京都練馬区
氏 名  吉田 聡彦

数学を「teaching」するにせよ「coaching」するにせよ、学習者を指導する立場においては、まず「学習者の学力の想定」が指導する側に行われる。

「学習者の学力の想定」と「授業の実践」において、コーチャーの持つ学習者の学力を想定する力がより高く、的確であるほどより効果的な指導成果をもたらすことは確かである。

私は、この「学力を想定する力」を数学コーチャーが高めていき「想定内」を広くかつ深めていくための方策を、本論において述べていく。

そもそも、数学コーチャーの抱く学習者の学力の想定は、「自らの学習体験」及び「指導した生徒から学びえた指導経験」「研修・書物等を通しての他者の指導実践」などをもとに行われる。

全く指導したことなく、指導についての予備学習・研修も行っていない指導者が指導する場合の「想定」とは、自らの学習経験のみである。自分がどのように理解したか、理解できなかったかが、想定のもとになる。つまりこの点においては、「自らの体験のみが想定内」という非常に狭い思考範囲に陥っている訳である。

指導者が指導を実践していくと、「自らの体験・経験では感じ得なかった生徒の理解のつまずき」を感じることになる。それは、指導者にとって時に想定してなかったつまずきであったりする。想定外の生徒のつまずきに直面したとき、指導者は当然自らの想定の誤りに気付き、場当たり的な指導を行うことになったりもする。時には「分かるよね。」と断定的な発言で、対処し、学習者の頭の隅には「疑問」が残り、時に学習者の指導者に対する「不信感」が抱かれたりもする。この場合、指導者と学習者の深い信頼関係は作り得ず、学習者の学習意欲を満たすことは難しい。

 よき指導者とは、学習者の学習意欲を引き出しかつ意欲を満たす達成感・満足感を与えられる指導者である。こういった点において、よき指導者となるためには、指導者側の学習者の的確な学力想定力が必要とされることになる。

本論において、私はこの学習者の学力想定力を高めていく方策を「指導時における方策」と「指導時外での方策」に分けて述べていく。

一、指導時における学力想定力を高める方策

指導者の「学力想定力」を高めていく過程の多くは、指導の実践の中にある。学習者と指導者という立場上引き起こされがちなteachingの姿勢での指導からは、学習者の理解できない部分、疑問点は認知できない。そこに必要とされるのは、学習者の疑問点、理解できない点を把握するcoachingの姿勢である。

 ではcoachingの姿勢で指導者が学習者と向かい合っていくために必要なこととは何であろうか。そこには、「授業内外での学習者とのコミュニケーション」という因子が大きく存在する。授業という場は、どうしても「指導者側の授業の指導計画」に拘束された場になりがちである。私のように「塾」という立場で子供達に授業をする場合、「今日の授業でここまで進めておかないと、学校のテスト範囲がカバーできない」「来週の授業が休みになるから、キリの良いところまで進めておく必要がある」などといった理由で、指導計画を立て、その計画を達成するための実践を行う。時間的な制約から一方的なteachingで授業を終えざるを得ない場合もある。そんな時に、生徒たちの疑問点はいかなる場において認知できるかといえば、「授業外の質問対応」である。個々の生徒から出される質問、疑問点には、「子供たちのつまずき」「子供たちの思考過程・範囲」が凝縮されている。つまり、生徒たちからの質問・疑問点は指導者にとって「学力を想定する力」を培うにあたって、大変有用なものであって、「学習者からの質問」が「指導者にとっての想定力を高める学習」になっているという重大な事実がある。つまり質問に多く接することができるほど、指導者として成長できるわけである。

 これらの大切な生徒たちから質問を受けるにあたって必要なのは「生徒たちとの普段のコミュニケーション」である。塾という場では、授業前後のわずかな時間であったりもするが、積極的に生徒たちとコミュニケーションをしておくことで、「質問しやすい関係」が培われる。この質問しやすい関係が培えれば、それが、授業の内外において有用なcoachingの関係をもたらし、そしてcoachingをとおして指導者としての「学習者の学力を想定する力」が深まることとなる。

二、指導時以外での学力想定力を高める方策

次に、指導時以外での学習者の学力を想定する力を高める方策として2点あげてみる。

1点目として、「指導における想定外を想定する思考練習をする」ということが挙げられる。

指導者は当然のこととして授業ごとの指導テーマを設定する。「今日は、三平方の定理の導入だ」と考えた場合、その授業の流れとして、「定理の紹介」「証明法の検討」「例題問題の展開の検討」等々を考えていく。必要な知識として「直角三角形の形状の説明と斜辺の意味」「平方根の知識」「2乗の計算力」「2次方程式の解法」などが思いつき、これらの点でつまずく生徒への対処法を頭に思い浮かべる。これらのつまずき点は「過去の指導から予見されうるつまずき点」であって、指導者側の「想定内の学習者のつまずき」であるので、つまずきへの対応と理解への指導ステップに不安はない。では、ここであえて「想定外のつまずき」を想定してみることにする。

「学習者が直角を認識できずに、斜辺をとらえられなかったらどうするか」という想定は私が過去には想定していない想定である。実際過去に「直角三角形の形状と直角の認知」においてつまずく生徒はいなかった。私にとって「直角三角形の形状が認知できない」というのは想定外である。「直角三角形・鋭角三角形・鈍角三角形の形状の違いが認知できない場合にはどうするか?」という問いかけを自らに行ってみる思考が、まさに「想定外を想定する」である。

 この想定に対しては、小学3~4年生で学習する「角の定義」からの説明で理解させうる場合もあるかも知れないし、「図形を認知する能力」において学習障害を伴っているようであれば、「形は何からできているか?」という図形の原点の説明から理解を促していく働きかけが必要になってくるかもしれない。

 このように、考えていくと、想定外を想定することは、より根源的な事実、事象と向き合っていくことにつながる。これは、指導者にとって、新たな発見、理解、気づきとなっていく。そして、この想定外を想定してみる思考が指導者側の学習者の学力を想定していく力の向上につながるのである。

 2点目として、「指導に関しての学習をする」という点を挙げる。

自塾の生徒の例であるが、「算数ができない」ということで小学1年生の女の子が母親と相談に来られた。母親からの相談内容を聞きながら、私は想定しうるつまずきの原因として「10の合成と分解」ができず、「くり上がりをともなう足し算」「くり下がりをともなう引き算」ができないのであろうと想定をした。そして「10の合成・分解」を理解させるための方策をいろいろと試してみた。ところが、その女の子は、実はくりあがりのない2+1=?という問題も誤答をすることがわかった。1から10までの数を唱えさせると、正確に唱えるし、記述させるとそれも書くことはできる。2の次の数が3だということはわかっているが、2+1=3という答えは導けない。女の子のつまずきは私の想定外のつまずきであった。学校補習という目的での小学1年生はその女の子が初めてのケースであったこともあって、とまどい、指導法を模索し考えるにあたり、「数の概念と事物の個数の関係」がつかめていないことが原因だと推測した。「並んでいる子供たちの左から3番目の子は誰ですか?」のような問いかけには答えられても「2人と1人を合わせると3人になる」ということにつまずく原因をそこに推測した。というのも、「数の概念と事物の個数の関係」を小学低学年の時に徹底させる必要があることを、ある資料を通して学習していたからである。「小学1年生の教科書が、事物の絵とあわせて書かれていることの必要性、大切さ、意義」を学習していたから、つまずきの原因を推測しうることができた。この事前学習がなければ、私は指導法が思い浮かばなかったかも知れないと思う。この事前学習のおかげで、指導において徹底的に事物との関連イメージを図っていき、ブロックを用いての学習を積み重ね、少しずつ頭の中での視覚的イメージから計算が行えるように導いていくことができた。

1点目に挙げたように、意識して「想定外を想定する」という思考を心がけても、思考の範囲は自分の知識での及ぶ範囲に限られるわけである。自分のまったく経験のないそしてまた知識として持ち得ないことにまで想定を及ぼすことは不可能なわけである。つまりここに、「学習者の学力を想定する力」を高めていく方策として指導に関する資料・書物に多く触れる、研修を受講するといった「指導に関する学習をする」という点が挙げられるわけである。

以上、「指導者側の学習者の学力想定力を高めていく方策」を見てきた。指導時における方策、指導時外における方策①②、どれをとってもその根底に求められるのは、指導者としてのスキルを高めていこうとする意識である。そして、その意識の下「先生」と呼ばれる指導者は、その呼称に恥じない、先に生まれたものの責任の下、次の世代に確かな学力を授けていく責務があるのである。「国家を滅ぼすのに武力は要らない。教育を破壊すれば国家は50年で滅びる」とも言われる。現世に生きる大人の責任は大きい。

私は数学コーチャーとして、先に生まれた人間として、自ら授かり受けた、先人たちの築いてきた「数学教育」を次の世代の子供たちに引きついでいきたいと思う。

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