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2016年11月号 | 創明館便り

『異性の子供ほど子離れは難しい』とは、
開成中学高等学校校長、柳沢幸雄氏の
「自主性、自律性を育むことの重要性」を述べられた講演の中での一節。
その理由を、
『異性の子供の体や考え方に起きている変化は親にとって未経験のため、愛情が先にたってしまう』
と述べられている。

 母親が息子からの、父親が娘からの子離れが難しい、というのは感じていても、
その理由を深く考えず、異性間の自然のベクトルかなと思っていたりもしたが、
氏のその指摘された理由になるほどと感じ入った。
自分が未経験ゆえ、自分の経験則で考えられないため、感情による判断に頼るしかなくなってしまう、
とは考えてみれば当然の成り行きなのであろう。
「娘にあまい父親」「息子にあまい母親」のその根拠をも教えていただいた気がする。

 氏は「親離れは本能であるが、子離れは本能ではない」とも指摘される。
確かに「子離れは本能ではない」から、子離れの必要性を知ることは「学習」であるし、
意識的に子離れを実践していくことは大切なことかと思う。
子離れに失敗しても生を先に終えるのは親、というのが自然の流れ。
これから長く人生を生きていく子供にとって、
「子離れしてくれない親」というものがどんな影響を及ぼしていくのか、
そのことのほうがことの重大さは増す。

 「思春期の第二次反抗期」などという言葉が忘れられていくような昨今の世の中、
そのように感じているのは「塾」という空間でしか子供たちと触れ合っていないからかも知れないが、
「反抗期に入ったな」と感じる子供と触れ合うことが大変稀になってきたと感じる。
「小さな塾」であって、どういうわけか「純粋に子供らしい生徒」に囲まれている自塾は、
それはありがたいことだけれど、
「大人社会の矛盾に反発し、反抗する生徒」に出会えなくなってきているのも考えものである。

 思春期の子供が、
「大人社会は矛盾している。言っていることとやっていることがまったく違う。」と感じ、
そこに自我が反発するのが当然なのかと思うが、
そうでもなくなってきている昨今の子供事情。
大人社会よりも、自分たち子供同士の社会のほうに目が向く子供たち。
社会の変化が子供たちの社会に確かな変化をもたらしているなと感じる。

 日本の子供たちの「自己肯定感」の低さはよく取り上げられる。
先進国と呼ばれ、平和な時代が長く続く日本にあって、
その子供たちの自分自身への「自己肯定感」を感じる割合が低いのはなぜなのであろうか。
そのことを考えるに、その一因として、
「子離れしない親」「親離れしない子」が増えてきている感のする昨今の日本社会が、
「自己肯定感を育みにくい社会」をもたらしているような面はないのであろうか、と思ったりする。

「自己肯定感」は自分で成し遂げることから得られる、
「生きていく上できわめて大切な自らを支える感じ方」であることは間違いない。
「子離れしない親」が子供の人生に降りかかり続けたら、
子供自身が自らの大切な支えを感じさせる機会を奪ってしまうことになるような気がする。

子供たちに何を伝えるか、子供たちがどのように育っていって欲しいか、
そのベクトルを確認することは大切だ。
社会の変化が激しい現代ではなおさらのこととして、
先人としての知恵を持つ大人たちの務めとして。

創明館便り
この記事を書いた人
創明館 吉田

塾代表 吉田聡彦 : 練馬区高松(光が丘・夏の雲公園前)にある小学生・中学生・高校生向けのグループ/個人の学習塾を運営しています。
塾運営での想い、感じたこと、発信したいことなどを更新しています。

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