光が丘公園の満開の桜を久しぶりに見た。
犬の散歩がてらだった。
満開の桜に目もくれず、「どんなにおいがあるのかな?」
そんな犬の存在が、桜を愛で、宴する「人」との違いを強調してくれて、
面白く、そして楽しませてもらえた。
「人と桜」、この大昔から引き継がれる、
人が感じる心は、何なのだろう。
「1年ごとの恒例」そんな出来事は世の中にあまた存在する。
太陽の周りを回り続ける地球上の人間が暦なるものを生み出し、
日付を考案し、その日付に支配(?)されながら生きている人びと。
「私の誕生日は〇年〇月〇日です」といえば、人と共有できるが、
他と共有する必要性のない桜に、やっぱり恐れ入る。
「私は、〇年生きている樹齢〇年の桜です」
「今年も花を咲かせます」などといった、
一切の言葉を発しない桜に恐れ入る。
SNSというツールが人間世界で日常になった現世。
そんな現世といえども、とってもシンプルに発信をする桜。
音声、文字のない発信が、人々の心の寄り付く先なのかなと思ったりもする。
2026年4月号 | 創明館便り
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