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2010年11月号 | 創明館便り

およそ小学生から高校生までの間は「学ぶ」ということに関して主体的にはなれない時期である。
各学校での日々繰り返される授業を受け、テストを受け、その得点に一喜一憂し、
その成績・順位に一喜一憂し、志望校の合否に自分の受験勉強の成果を確かめる、
そんな勉強生活から「学び」の主体性を感じることは難しい。
授業が与えられるから仕方なく、テストがあるから仕方なく、
入試があるから仕方なく勉強する、そんな思いには「学び」の効用を感じ取る余裕はない。
小学・中学といった義務教育期間とほぼそれに準じた高校での「学び」が受動的なものの枠を超えることは難しい。
この間は主体的な学習をしていくための準備期間で、主体的な学習をしていくための基礎学力を培っている期間だからである。

小学高学年から中学生になると俗に言われる「反抗期」、この反抗期に子供たちは自分の自我を認識し、
大人社会の矛盾を感じ、自分たちの考えつまりは自我を確立し始める。
そのとき彼らが自我を積み上げていくときに必要なもの、自分の考えを持つときに絶対に欠かせないもの、
それは何かといわれれば、「言葉」である。
人間は「言葉」なくして物事を考えることはできない。
「言葉」として口から発しなくても、人間の思考は「言葉」をもってしてなしうるものである。
人の「思い」「感情」「考え」「思考」すべてが言葉を通して行われるという事実と、
その言葉をどのようにして習得したのか、その習得の過程は子供にとって100%受容の世界であるという事実が存在する。
そして親であり周りの大人たちから学んだ言葉で子供たちは主体的な思考をこの時期し始める。
この思考と同じくして、人間は「主体的な学習」をし始める前段階としてまず「受動的な学習」に浸る必要があるのである。
それが小学中学といった義務教育期間であるしそれに準じた高校である。

「物事を学び、新しいことを知る」ということは人間にとって面白いことである。
ただ、「学び」にはその面白さだけでなく、
「人間が物事を主体的に学んでいるときは心が前向きになり、心が安定する」という事実が存在する。
「何かを学ぶ、主体的に自分の意思から学ぶ」そんな学びの中に生きている時、
「学び」は日々の雑多な心情に右往左往しない心のよりどころを与えてくれるものである。

子供たちにとって、小中高校大学と学びの機会はまだまだ続くが、
その後に続く「主体的な学びがもたらす心の安定」という効用をいつか感じることと思う。
「勉強していると心が前向きになる」「勉強していると心が強くなる」
「勉強していると自分が好きになる」という事実に気づくときがくる。
そんな気づきを得るためにも「正しい学習の姿勢を得ること」が今は何より大切だ。

創明館便り
この記事を書いた人
創明館 吉田

塾代表 吉田聡彦 : 練馬区高松(光が丘・夏の雲公園前)にある小学生・中学生・高校生向けのグループ/個人の学習塾を運営しています。
塾運営での想い、感じたこと、発信したいことなどを更新しています。

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