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2011年6月号 | 創明館便り

陸前高田のそのカーブを曲がる前までのバスの車窓から見る風景は山間ののどかな
日本の原風景とも言えるような風景であった。
だが、そのカーブを曲がったとたん突然、テレビで報道されているような、
津波の被災を受けた地域とわかる光景に変わった。あまりにも突然の光景の変化に眼を見開く。
「こんなことが起こりうるのか?」と呆然と眼も心も固まってしまう、そんな瞬間であった。
バスは小高い丘から津波被災地へと降りていき、真近に見る基礎部分のみの家屋跡、
おおきく曲がった鉄骨のみ残る建物、つぶれた車と積み上げられた瓦礫の山。
報道で見ていた世界と同じであろうが、テレビ画面も新聞紙面も結局自分にとっては、
テレビという箱の画面の中、新聞紙という紙の中のことでしかなかったと感じた。
自分の目で見るその光景は、あたり一面360度見渡す限り津波に流され、
はたしてここに存在していた街は以前のような街にもどれるのであろうかと思った。
とても長い時間をかけて先祖代々その地に暮らす人々が築いてきたものを
一瞬にして流し去ってしまった津波のとんでもない恐ろしさを心から感じた。

陸前高田でのボランティア活動の翌日、私は福島県にある安達太良山に登った。
好天に恵まれ高村光太郎の「智恵子抄」で有名なまさに「ほんとの空」がそこにはあったのだが、
ゴールデンウイークの日本百名山にしては登山者がとても少なく、
登山口の駐車場は地元ナンバーの車がそのほとんどで、私のような他県からの車はわずかしかなかった。
登山口にあって、下山後の入浴を予定していた日帰り温泉のあるホテルが休館中で、
帰路立ち寄った別の立派なホテルの日帰り温泉が応援キャンペーンで200円で利用客を呼び込んでいた。
多くの宿や店が休業している中で頑張っているそのホテルの姿に心打たれた。

この5月、2度東北を訪れ、小学校の校庭の瓦礫の撤去、民家の床下の泥だし、
といった生まれて初めての災害ボランティアを経験し、
日本各地から集まった人たちの懸命に作業する姿に感動し、心打たれた。
お父さんと来ていた小学生の女の子が校庭の瓦礫の中から、
ひらがなで名前の打たれた鉛筆を見つけ「思い出の品」として私に大切そうに渡してくれた。
瓦礫として処分してはいけないとあの少女は自分のボランティア作業を通して感じ、
それをそっと見守っているお父さんの姿がうらやましかった。
今回の震災がもたらした自粛ムードの影響で職を失った東京の若者も、
「暇だったから」などといい、東京からバイクをとばして現地に入り、自費でのボランティア作業を続けていた。
「職がなくなったから」という理由でボランティアをしている方は他にもいた。
心を響かせる行動である。

人間はやはり「自分の眼で見て、自分の心で感じること」でしか、
本当にはわかりえないのだということを私は知った。
東京で暮らしながら、いろんな報道によって今起こっていることがわかっている気がしていても、
本当の理解・実感とはかけ離れたものであることを今回思い知った。  (吉田)

創明館便り
この記事を書いた人
創明館 吉田

塾代表 吉田聡彦 : 練馬区高松(光が丘・夏の雲公園前)にある小学生・中学生・高校生向けのグループ/個人の学習塾を運営しています。
塾運営での想い、感じたこと、発信したいことなどを更新しています。

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