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2015年6月号 | 創明館便り

「地震・雷・火事・おやじ」と子供の頃から「怖いもの・恐れるもの」として聞かされてきた。
最後の「おやじ」には「親父」や「大風」などの説があるとのことを最近知ったが、
昨今の時代の流れが「おやじ」に諸説を生み出しているようにも思ったりする。
そんな日本人が古来から恐れるもの1番地震を含め、
活動する大地、地球関連のできごとがこのところ日本列島に頻発している。

 5月30日の地震は、授業中に起こった地震だった。
最初の小さな揺れ(初期微動)から大きな横揺れ(主要動)までの時間が随分長かったから、
「震源は遠いぞ、でも揺れは大きいぞ、大きな地震だ」と思うや、すぐにラジオのスイッチを入れた。
そこで聞かされた「マグニチュード8.5 震源の深さ590キロ」との速報に驚いた。
それらはのちに「マグニチュード8.1 深さ682キロ」に変更されたが、
「巨大で、震源が大変深い地震」であることに変わりない。
震源の深さが気になった。
そんな深いところが震源になったことの不気味さを感じた。大きさ以上にその震源の深さが不気味であった。

 マグニチュードは「地震の持つエネルギー」を表す数値だ。
0.2大きくなるとエネルギーは約2倍になり、1大きくなると約32倍、2違うと1000倍となる値だ。
マグニチュードが7を超えると一般的に大きな地震と考えられるが8を超えると紛れもない巨大地震だ。
「震源が浅かったら」と考えると、「東日本大震災」を引き起こした2011.3.11の巨大地震が思い出された。
震源が異様に深かった理由は、プレートどうしの境界で起こった地震ではなく、
プレートそのものが破断したことが原因とのことであった。
「プレートが破断する」ということが起こることを初めて知った。

 20万年前に生まれ、有史以来2000年余りの歴史しか持たない人類が、
46億年の歴史を持つ地球のことをどこまで理解しているのか、どこまで理解していけるのか。
そのあまりにも小さな人類の存在期間が、その積み重ねがいかほどに繰り返されても
ほんのわずかな瞬間にしかならない人類がいったいどこまで命の源「地球」のことを理解できていくのだろうか。
「高度に知能を発達させた人類だから、さらに知能を進化発達させていく人類だから、
きっといつかは地球のことを十分に理解できていくであろう」と思ってよいのだろうか。

 御嶽山、箱根の大湧谷、口永良部島といった突然の噴火の後に
「予知は困難であった」との報道を聞いて感じることは、「人類」という生物の小ささだ。
自然界でこの地球上で生物界の主導者のように振舞う人類も
地球からすれば「この間ちょっと生かしてやっているだけの存在」、といわれうる存在でしかないのではないか。
「おごれるものは久しからず」と人は人に対して訴えかけるが、
はたして同じことを地球は人類に投げかけていないのだろうか。

 大きな天変地異はやはり人間を謙虚にさせる。当然だ。
人類は地球を制御することなどできないのだから。
地球なくして人類は存在しえず、生まれ育つ大地を人類はほかに持つことができないのだから。
「自らの命を与え、生を得ていられることに感謝する」その対象の大きな大きな先に地球が存在する。
そのことを人類は意識し続けられない存在だから、地球にとって人類は小さな小さな存在なのであろう。

創明館便り
この記事を書いた人
創明館 吉田

塾代表 吉田聡彦 : 練馬区高松(光が丘・夏の雲公園前)にある小学生・中学生・高校生向けのグループ/個人の学習塾を運営しています。
塾運営での想い、感じたこと、発信したいことなどを更新しています。

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