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2016年6月号 | 創明館便り

「理社4か月、英数1年、国語3年」 
これは、各教科の学習に対しての「あるレベルの学力」という成果に
反映されるまでの期間の相対的な表現である。
この相対的な表現が言わんとしていることは、「国語の学力を上げていくことの困難性」である。
「暗記教科の理社科」は、短期間での学力UPは可能とされるが、
「国語」となると短期間での学力UPは不可能である。
それは、なぜか。
それは「国語」は、世に生を受けてから学び始めている、大変学習期間の長い教科であり、
国語以上に学習している教科はないということ。
そしてまた、その教科特性から、日常的に国語の学習はされており、
日常的に国語力の差が生まれているという学習環境にもある。

 「国語のできる生徒は伸びる」これは十分ではなくとも必要な条件として真である。
英語も数学も結局のところ頭の中は母国語での思考である。
日本語を母国語とする日本人はその思考を日本語で行う。
第二の言語が堪能になっても、
「『考える』という脳の働きにおいて使用されているのは母国語である」ということであって、
英語長文を読みながらその内容を読解しているときも、頭の中で読解している言語は日本語である。
難解な数学であっても、その論理において必要とされるのは日本語である。
日本語で論理を考え、そこから解法の糸口、流れを見つけていくのである。
「すべての教科の土台にあるのが国語」であることのゆえんである。

 さて、この国語力の差を生みだすものの最たるは何なのか。
国語の力の中で大きなウエイトを占めるのが「読解力」であることは間違いない。
文章を読み解く力「読解力」は短期間で身につくものではない。
読解のもととなる「ことばの意味」を知らなくてはいけないし、
更にその文章を正確に読みとくには、
文と文とのつながり、関係を理解していく必要があるからである。

 「この問題集を仕上げればしっかりと力がつく」
という表現を『国語』という教科に対して言いうることは困難である。
これは、誰もが感じえることであって、
そしてこれが国語に対する学習の意欲をそいでいることは確かであろう。
問題集を数多くやり重ねてもなかなか国語の実力は身につかない。
その一方、本好きの生徒は国語を意識して勉強せずとも高い国語力を示す。
日々、文字を読む習慣のある子供たちとそうでない子供たちの国語力の差は日常的にひろがっていく。

日常的に無意識のうちに国語力を高めていくその手段が「文字に触れ、文を読む」ということだろう。
本、漫画、新聞、雑誌等々、日常的に文字に触れうる機会は多くある。
生活の中での隙間の時間、
スマホの「ゲーム・SNSといった刺激に夢中になる生活」から脳を解放してあげて、
「書を読む喜び」を感じる時間にしてあげると良いのにな、と思う。

 

創明館便り
この記事を書いた人
創明館 吉田

塾代表 吉田聡彦 : 練馬区高松(光が丘・夏の雲公園前)にある小学生・中学生・高校生向けのグループ/個人の学習塾を運営しています。
塾運営での想い、感じたこと、発信したいことなどを更新しています。

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