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2023年9月号 | 創明館便り

50年の月日を経ての山だった。
“木曽のナー 中乗りさん 木曽の御嶽山(おんたけさん)は ”の歌いだしで始まる木曽節。
歌詞で歌われる御嶽山、それは長野岐阜の県境にまたがる大変大きな山体の独立峰である。
ちょうど50年前、その御嶽山に登るチャンスがあった。
当時中学3年生だった自分にとって、初めての本格的登山のチャンスであった。
でも姉弟の中で唯一その登山に参加しなかった。
体調が悪かった、受験生だったから、といった理由ではない。
どうしてなのか、思い返してみてもその理由ははっきりしないのだが、
家族親戚との時間の共有から友人仲間との共有を欲する時期だったのが
一番の理由のような気がする。
ちょうどその夏休み、友達数人だけでテント泊のキャンプに行き、
禁止されていたことも知らずに、夏休み明けにそのことを発表して
職員室に呼び出されたことを思い出す。
友人たちだけで計画立案し行動することの楽しさを味わいたかった年頃だったと振り返る。
 そんな、御嶽山に「登ってみたい」と思ったのは、
2012年夏、北アルプス奥穂高岳の山頂からその大きな独立の山体を眺めた時だった。
ひときわ大きく存在を知らしめるその独立峰に
「いつか登りたい」そんな思いを抱いたことを思い出す。
山頂からの眺めで登りたくなった山の中で、
最もその思いを強く抱かされた山だと記憶する。
 2014年9月27日、御嶽山は噴火した。
「まさか」だった。噴火警戒レベルは低い山だった。
土曜日のお昼時、入山規制のされていなかったその山頂近くは多くの登山者で賑わっていた。
地熱で熱せられた水蒸気が爆発し、噴石、火山灰が降り、多くの方が亡くなられた。
 あれから9年、今年7月、入山規制区間が一部限定解除され、
望んでいたコースでの登山が可能になった。
「登りたい」その思いが募っていった。
そして実現。山頂ご来光を拝みたかった。
九合目あたりから日本アルプス稜線が赤い背景に浮かびはじめ、
やがて淡い黄色の背景に、そして見た、山頂でのご来光。
アルプス稜線、雲海から昇り始めた太陽のその輝きのまぶしさは凝視できないものだった。
居合わせた賑やかな登山者も「アー」というだけ。
心が動くと声もない、ただじっと見つめる、そんな瞬間をいただけた。
 子供のころ幾たびか木曽節を聞いて育った人間として、
やはりいつか登る因果のあった御嶽山なのかも知れない。
ちょうど、50年後という節目だったのも感慨深く感じた。

創明館便り
この記事を書いた人
創明館 吉田

塾代表 吉田聡彦 : 練馬区高松(光が丘・夏の雲公園前)にある小学生・中学生・高校生向けのグループ/個人の学習塾を運営しています。
塾運営での想い、感じたこと、発信したいことなどを更新しています。

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