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2013年10月号 | 創明館便り

9月23日は「秋分の日」で祝日のため学校が休みでした。

そもそも「祝日」とはどんな日なのでしょうか。
「学校が休みになるうれしい一日」、それ以上に考えることはないのでは?と思いますが、
「祝日」は国の法律で次のように定められています。

『国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。』

では、秋分とはどんな日なのでしょうか。日々昇りそして沈む太陽。
その太陽が真東から昇り真西に沈む日が一年に2日あって、そのうちの一日が「秋分の日」で、
もう一日が「春分の日」です。そして、どちらも祝日になっています。
「国民の祝日に関する法律」には秋分の日を祝日とするゆえんを次のように記しています。

『祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ』

どうして、秋分の日に祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶのでしょう。
秋分の日をはさんで前後各3日間、あわせて7日間を「お彼岸」と言っています。
秋分の日はそのお彼岸の真ん中の日なので、「お彼岸の中日(ちゅうにち)」と言われます。
彼岸とは仏教思想の浄土、悟りを得る涅槃(ねはん)の境地のことで西の方角にあるといわれています。
太陽がちょうど真西に沈むその日、
つまり太陽がまさに彼岸のある方向に沈む日をなくなった人々をしのぶ日にしようということから、
祝日となっているのです。ですから、お彼岸にはお墓参りをしたり、
お寺での彼岸会(ひがんえ)と呼ばれる会に参加したりします。

私も、郷里の墓に参り、彼岸会に参加してきました。
秋の彼岸に合わせての墓参りも彼岸会も今回が初めての経験でした。
霊園にあまたの石塔が立ち、そのほとんどの墓前に供えられた色鮮やかな花々。
一つ一つの花々にそれぞれの思いが込められ、思いとともに供えられた花々を見ていると、静かな心安らぐ時を感じました。
子供の頃、親に連れられて行ったお墓は、人魂が出るんじゃないかとこわがり、
薄気味悪さを感じていきたいところではありませんでした。
自分の会ったこともない祖先の墓に対して何ら特別の感情を抱くことはなかったし、
お墓参りにいったいどんな意味があるのか考えることもありませんでした。
そんな子供時代の墓参りでした。ところが、父がその墓に入ってから、墓のありがたみを感じるようになりました。
郷里にあるその墓が心のよりどころになっていることを知り、その存在のありがたさを思ったりします。

墓前に行くことができなくなった母が私に問います。
「今日は何を話してきた?」そうなんです。お墓というのは話ができるところなのです。
その存在のありがたさに私は感謝するのです。
高台から眺める霊園の光景に、「時はつもりゆくもの」という言葉を思い出しました。
「過ぎ去った時」であっても確かに「つもりゆく時」であることを霊園は確かに表していました。

創明館便り
この記事を書いた人
創明館 吉田

塾代表 吉田聡彦 : 練馬区高松(光が丘・夏の雲公園前)にある小学生・中学生・高校生向けのグループ/個人の学習塾を運営しています。
塾運営での想い、感じたこと、発信したいことなどを更新しています。

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