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2008年6月号 | 創明館便り

私は愛知県の海辺まで20キロメートルくらいの町で中学高校時代を過ごしました。
自転車、バイクでよく海を眺めに行きました。
中学時代に将来は「外国航路の船乗り」になろうと思っていました。
大人の社会を見ていて、地上で働くことは自分には向かないと思っていました。

高校に進み、部活、バイク、アルバイトに精を出し自分の将来をあまり考えもせず過ごした2年生の時は、
大学に進学しないで、牧場で働きたいと思っていました。
3年生になっていよいよ真剣に進路を考え始めた時、中学時代からの思いがよみがえってきました。
船乗りになろうと思いました。

外国航路の船乗りになるには専門の大学(東京商船大学、現東京海洋大学)に進む必要があることを知ったその時から、
大学受験を意識した勉強を始めました。
大学に入学して、毎年1ヶ月ほどの航海実習を行いました。
北海道から沖縄まで日本全国いろんなところに連れて行ってもらいました。
海に対しての思いが変わりました。

海は怖い、何もないその大海原が怖く、時に見える島が嬉しく、陸が見えてくると心がわくわくしました。
陸で暮らしていると海が恋しく海での生活に憧れ、海(船)の中にずっといると陸が恋しくなる。
当たり前のことだったのでしょう。私は陸から見る海に憧れていただけでした。
次第に船乗りになるという自分の将来の夢が消えていきました。
3年生になって、自分のやりたいことを模索し始めました。
友人の勧めでインド、ネパール旅行をしたり、他大の学生と交流したり、いろんな本を読んだりしました。
カルチャーショックでした。

自分が大学で学んできたことに対して、疑問を感じ始めました。
大学の寮から出てアパート生活を始めました。そしてもう一度大学に入りなおすことにしました。
4年生になっていました。卒論研究と受験勉強の両立が難しく、休学をして受験勉強をしました。
実家に戻ってからの7か月余り、ラジオ講座をペースメーカーにして猛烈に勉強しました。
学習計画を立てて、毎日自分の決めた課題をこなしました。生涯最も勉強をし続けたときでした。
初めて受験生らしくなったときでした。そして私は早稲田大学の学生になりました。

私が再度の学生生活に求めたものは大学の講義ではありませんでした。
ですから授業はあまり出ませんでした。学費、生活費全て自分でまかなっていましたので
、仕事のほうが大変という感じでした。だんだんと大学との距離も大きくなっていきました。
学外での自分に課せられた課題をこなしていく必要性と、たまに訪れるキャンパスで感じた疎外感から、
やがて私は中退(正確には除籍)しました。結局、再度入学した大学も卒業はしませんでした。

自分の過去を話すことのためらいよりも、伝えることの意味を感じるようになってきました。
私は、やりたいことを存分に探ってきた学生生活を送らせてもらえたことに対して感謝しています。
そして、夢をもって自分の生き方を模索、精進している生徒を見つけると応援してあげたくなります。      (吉田)

創明館便り
この記事を書いた人
創明館 吉田

塾代表 吉田聡彦 : 練馬区高松(光が丘・夏の雲公園前)にある小学生・中学生・高校生向けのグループ/個人の学習塾を運営しています。
塾運営での想い、感じたこと、発信したいことなどを更新しています。

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